ハナアブ

まだ中学生だったときに、ハナアブが左耳の中に入り込んだことがある。
あれは春か秋の遠足だったか、とにかく場所は忘れてしまったが、とても天気の良い暖かい日であった。
いきなり左耳の中がゴソゴソしだしたので、指を突っ込んでみたりしたけれど、爪の先に何か黄色い物が付いたくらいで埒があかない。慌ててそばにいた先生に視て貰ったら、「ああ、これは入っていますね」と事も無げに言われてしまった。
それで諦めがついたのかどうなのか、そのあと特にパニックに陥ることもなく、近くにあった岩の上でうとうとしてしまったらしい。
しばらくしてからふと横を見ると、一匹のハナアブが静止飛行をしながらこちらを見つめている。(ように思えた)
一瞬不思議な感じがしたのだけれど、すぐにこれはさっきまで自分の耳の中にいた虫だと気付いた。
彼の虫は私の方を見ながら、「あれ、花では無かったのかな」と思案しているかのように首を傾げていた。(と私には感じられた)
なぜかその時には、虫が耳の中から出て来てくれた事に対する安堵よりも、もっと大きな穏やかな気持ちに自分が支配されていた記憶がある。


あれからもう四半世紀は経つだろうか。現在も折に触れて事柄としての記憶だけでなく、その時の映像まで鮮やかに蘇るのだが、最近、もしかするとあれは、かつて関わった何かが会いに来たのでは無いかと思うことがある。
その左耳は、気が付くと右耳よりも炎症を起こしやすくなってしまっているのも、その何かが、会いに来たことを忘れないでいて欲しいという証を残していったから、などと考えたりもする。


当時から虫は決して嫌いではなく、どちらかといえばかなり好きな方だったし、その事以来ハナアブ含め花に群がる虫たちに一層愛着を覚えてきていて、それは今も変わらない。
会いに来てくれたなんて考えると、更に愛おしくなってきてしまう。尤も向こうが好意で来たのであれば、なのだが。




夏場に雨が続くと色んな事を想いだしてくるものだ。今日は久し振りに晴れて気温が上がったので良い汗をかく事が出来ました。


秋になったらまた虫たちと戯れる日々になる。